涼宮ハルヒ劇場 act.2 谷川流 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)朝比奈《あさひ な 》さん [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#改ページ] -------------------------------------------------------  たぶん誰も覚えていないと思うので、前回のあらすじを簡単に述べようと思う。  何だか解らないがチープなファンタジーRPG的世界に突然やってきた、というか、いつのまにか来させられていた俺たちSOS団のメンツは、何だか解らない成り行きで城からさらわれた王子と姫の奪還依頼を受けて旅立ったはいいのだが、一本道を突っ走りたがるハルヒの猪突猛進により何だか解らないうちに魔王の住む城へと辿り着くと、有無を言わせず発動させられた魔法使い朝比奈《あさひ な 》さんによる超絶マジックがおそらく魔王と王子と姫様ごと城を吹き飛ばしてしまい、それで与えられていたミッションに失敗したとかいう理屈なのだろう、今度は銀河を舞台としたチープなスペースオペラ的世界に飛ばされてしまって「へ?」とか思っているうちに、事情を何一つ理解できないまま新たな指令を鵜呑《うの》みにさせられ、しかしやるべきことと言ったら前回と同じ、さらわれた王子と姫を連れ戻すことなのであった———。  以上だ。  と言われてもよく解らんぞと言いたい気分はよく解る。なぜって、俺だってそう思っているんだからな。とりあえず、ここはこういうことになっているのだ、ということで手を打ってもらいたいね。  前回までいたロープレ世界で、推理好きの古泉《こいずみ》は「何らかのゲームじゃないか」と言い、知恵袋である長門は「シミュレーション空間の可能性が高い」と述べていた。あまり気にしていなさそうな朝比奈さんは「テーマパークのアトラクション」だと思っているらしかったが、どう考えても長門が一番の正解を言い当てている感じだ。  でもって、これまた長門によれば終了条件が設定されているようで、それが王子と姫君の奪回である。  正直、舞台装置が中世ヨーロッパもどきから宇宙空間になり、魔王が宇宙海賊になっただけであるのだが、それと同様に俺たちの身分も伝説の勇者とか吟遊詩人等から遠未来的なものにシフトして、今や『広域銀河観察機構パトロール部隊所属のハルヒチーム』という、それこそ銀河の末端まで届きそうな果てしなく胡散《う さん》臭いものになっており、それに伴いどうやら俺は宇宙艇の操舵要員ということになっているようだった。  なんたって、どう見ても操縦桿としか思えない棒を握って操縦席に座ってんだもんな。  目の前のスクリーンには瞬かない星々がわんさか連なり、これ以上ないほど現場が宇宙であることを教えてくれている。宇宙旅行は俺が幼い頃に抱いていた夢の一つだったが、なんだかやけに安易に叶っちまったぜ。  まったく何の下準備もせずに宇宙に出ちまうとは、日々せっせと訓練をしているであろう宇宙飛行士の方々に申しわけの言葉も出ない。  もっとも、これが現実の宇宙かどうかは知れたことではなく、どちらかと言えば別の意味で夢である可能性のほうが高いので、星の大海を眺めて喜びに目を輝かせたりしなかった。童心を失ってしまったというよりは、むしろこの事態に対して諦観《ていかん》の領域に足を踏みこんでいるせいだろう。 「さ、キョン」  ハルヒの陰のない夏場の陽気のような声が、俺の背中を打った。 「さっさと宇宙海賊を殲滅《せんめつ》して、人質をかっぱらってきましょ。全速前進、マッハで!」  振り向くと、この宇宙艇のブリッジだかCICだかの全容が嫌でも目に入る。  宇宙艇と言いつつ、この乗り物はそんなにデカくはなく、この操縦スペースもちょうど文芸部部室くらいの広さだ。最後列の一段高いシートにハルヒが座っていて、ちなみにその席には『隊長』と刻印されたプレートがついていた。  ハルヒの顔は底抜けに元気そのもの、衣装もやたらとカラフル、かつ肌が露出したもので、どう目を泳がそうとスタイルのよさが如実に伝わってくる。そんな格好をしていることに少しは疑問を覚えないのか、こいつは。  一世代前の海外SF的コスチュームをまとったハルヒは、 「とりあえず海賊の巣まで一直線に行きなさい。そしたら後は簡単よ。親玉のところに乗り込んで——」  と、腰のホルスターからブリキのオモチャみたいな光線銃を引き抜いて、 「これでドンパチすればすぐに終わるわ。ついでに溜め込んでるお宝もいただいて、元の持ち主に返してあげましょう。きっと感謝されるわ」  光線銃を振り回して言うのはいいが、うかつに引き金を引かないでくれよ。俺は光速で飛んでくるビームをかわせるほど動体視力がよくないからな。 「安心しなさい、撃つのは海賊よ」  ハルヒはすちゃりと銃をホルスターに戻し、 「だからね、キョン。早く海賊の巣まで行くの。この宇宙艇、ちゃんと動いてる? 外の風景が全然変わらないけど」  何故かアナログチックなスピードメーターによると精一杯の速度で飛んでるはずだぜ。風景が変化しないのは、ここが広大な宇宙空間だからさ。 「まあ、それはいいんだがな」  俺は首を振りながら、 「どっちに向かって進めばいいんだよ? 海賊ってのはいったいどの辺に巣を作ってやがるんだ?」 「さあ」  ハルヒは迷いなく返答した。 「知らないわ。有希《ゆき》、知ってる?」  水を向けられた長門は、無言のままゆっくりと首を傾げた。ちなみに長門は側面にもうけられた席に座っていて、ここでの役割はレーダー要員か何かのようだ。 「…………」  ハルヒと同じコスチュームに身を包んだ長門はコンソールをちょこっといじくり、言葉を注意して選ぶように、 「全方位策敵モード。情報収集中」  とだけ答えた。 「なるべく早くお願いね。ちゃちゃっと仕事を片づけて惑星観光したいから」  ハルヒは隊長席にふんぞり返り、長門と反対側の側面シートに目をやった。 「みくるちゃん、お茶ちょうだい」 「あ、はい」  これまた無体な衣装に身を包んだ朝比奈さんが立ち上がり、後方の自動扉に姿を消したかかと思うと、すぐに人数分の湯飲みを盆に乗せて戻ってきた。なんとなくチューブに入った物を予想していたのだが、この宇宙艇内には人工重力が効いているのでちゃんと普通のお茶が飲めるのである。まったく、仕組みを知りたいものだ。 「どうぞ、お茶です。ええと、パックには惑星ドンガラ産の煎茶って書いてありました。うふ。味見したら不思議な味がしましたよ」  嬉しそうに配膳してくれるのはいいが、朝比奈さんは本来ここでは通信士のはずである。しかし、お茶くみ要員のほうが似つかわしいし俺もホッとするのでまあいいか。 「お茶もいいのですが」  優雅なティータイムに水を差したのは古泉である。 「目的地に向かうにはまず我々の現在位置を特定しなければなりません。宇宙は広大ですかちね」  俺のすぐ横にいるのだが、古泉のほうはなるべく見たくない。なぜなら、古泉が着ているパイロットスーツみたいな服は俺のものと同一で、こんな格好をしている自分に深い疑問を度々感じてしまうからである。  古泉は部室にあるのとそっくりの専用湯飲みから口を離すと、コ・パイロット席のコンソールを指し示し、 「一通りいじっているうちにこの宇宙の星図が表示されました。それによると、我々は第五銀河分離帝国という星間国家の辺境地帯にいるようです」  そういや皇帝とか名乗ったどっかで聞いたことのあるような声がそんなこと言ってたな。 「へえ」  ハルヒはズルズルとお茶を啜《すす》りながら、 「で、海賊の巣は?」 「それがよく解りません」  古泉は片手でパネルを操作し、モニターに多数のウィンドウを表示させつつ、 「国家の数が非常に多い上に、未探査になっている箇所がほとんどありません。組織的な海賊が身を潜めていそうな宙域……サルガッソースペースとかを探してみたんですが、現時点では発見できませんね」  割合、愉快そうに告げる古泉だった。何が楽しいのか知らんが、俺は悠長に荼など飲んでいる場合じゃないと思うぞ。いつになったらこの夢ともリアルな体感ゲームともつかない事態は収束してくれるんだ。 「もちろん、依頼された用件が解決したらでしょう」  俺に笑みを見せておいて、古泉は解説を続行。 「まず宇宙の歴史を学ぶとしましょうか。僕たちに助けを求めてきた方は、第五銀河分離帝国の皇帝陛下とのことでした。第五とついていることから解るように、この宇宙には他にも銀河帝国が存在するようです」  古泉の指の動きとともに前部スクリーンが星図に変化した。何色にも色分けされた平面図が浮かび上がる。 「最初は一つの帝国が全域を支配していたようですね。それが分裂と独立を繰り返して、今の形に落ち着いたようです。中でも第五銀河分離帝国は比較的新参の国家だとデータにありました。他には統一銀河征服帝国、正統銀河帝国亡命政府、銀河帝国連合、神聖銀河帝国、真銀河帝国、真銀河帝国辺境領、銀河帝国独立統合政体、それに——」 「もういい」  俺は遮った。 「この世界が銀河帝国だらけなのは解った。それで、海賊はどこだ」 「ええ、それなんですけどね。この船のコンピュータが記録している資料を参照したところ、必ずしも海賊と言えないのではないかと」 「へえ」  ハルヒはどうでもよさそうに、 「どういうこと?」 「なんせ多くの国家が自らが保守本流の銀河帝国であると主張して、領土紛争に明けくれているわけです。海賊とは名ばかりで、他国の軍籍にある艦隊の一部である可能性をコンピュータは示唆しています、水面下での軍事行動ですね」 「ふうん?」  解っているのかいないのか、ハルヒは空になった湯飲みを置いて、 「つまり、国ぐるみで海賊やってるとこがあるってわけね。マヌケな王子様とお姫様を誘拐したのは海賊じゃなくて他の国?」 「ありえることです。そうなるとうかつに手を出せません」  古泉は両手を広げ、 「我々は銀河パトロールなのでね。国家間の外交問題には口を挟む立場にないのです。海賊の取り締まりは仕事のうちですが、紛争への介入は制限されています」  なるほど、そういうルールなのか。  俺は溜息をつき、 「じゃあ、俺たちは何をしたらいいんだ? このまま宇宙を漂ってればいいのか」 「もちろん海賊退治。それと依頼されたことも忘れちゃいないわよ」  ハルヒは明るく、 「どこの軍艦だろうと関係ないわ。海賊行為をする奴は海賊でいいわけ。ぱぱっと乗り込んで、ささっと撤収すればいいだけのことよ。王子と姫が無事ならあの王様も文句は言わないでしょ」  帝国っつってんのに王子ってのも変な話だ。皇子じゃないのか? 「そりゃいいんだがな」  俺は注進する。 「最初の話に戻るが、どこに行けばいいのか教えてくれ。退治しようにも海賊の姿なんか影も形もないぜ」 「そうねえ……」  ちょっと考え込む顔をしたハルヒは、思いついたように光線銃を抜くと、銃身横にある目盛りをカチカチといじってからスクリーンに狙いを定めた。 「このへん」  銃の先端から飛び出た光がレーザーポインタとなって星図の一カ所を示している。ハルヒは小さく手を動かしながら、 「この際だから勘でいいわ。思うんだけど、この宇宙って広そうに見えてそうでないような気がするのよね。適当に飛んでたら遭遇するんじゃない? 怪しそうなのを片端から捕まえて尋問してやれば情報を吐き出すだろうしさ」  そんなにお手軽なことになるのだろうか。 「なるんじゃないでしょうか」  古泉はコンソールにハルヒの指名した座標を打ち込み、俺に笑顔を向けた。 「それほど難解なシナリオにはなっていないと思いますよ。クリアが前提になっているはずですからね。放っておいても向こうから何らかのアプローチがあると思われます。前回もそうだったでしょう?」 「まあな」  俺は操縦桿を握り直し、しぶしぶとうなずいた。  ファンタジー世界でくだを巻いていた俺たちのところに、訪問すべき相手が勝手にやって来たことを思い出す。いろいろなイベントをさっくりと飛び越えて、やったことと言えば魔王城の壊滅だ。オープニング明けにいきなりエンディングが始まったようなものである。失敗なのはラスボス戦すら省いてしまったことだった。その過ちを繰り返すわけにはいくまい。また同じことになりそうだ。今度は慎重に、せめてボスキャラの前に立つところまではいかねえとな。 「キョン、ワープ全開! スキズマトリックス号、全力航海!」  宇宙艇に独自の名称をつけ、そのように命令するハルヒの命令を素直に実行する俺だった。  なにしろハルヒの勘のよさは最早疑いを得ない予言の領域にあり、こいつが指し示す場所を目指せば望もうと望むまいとけったいなシロモノと鉢合わせすることを、すでに俺は死んでも忘れないほどに知らされていたからである。  なわけで、俺は操縦スティックを操作してワープの準備に入った。不思議とやり方はすぐに解ったので問題ない。説明書がなくてもある程度やってるとゲームのプレイ方法が解るだろ? あんな感じ。 「スキズマトリックス号、ワープ全開」  俺はやけ気味で復唱し、無意味にサイバーパンクな名前の宇宙艇は超光速空間へ突入した。  うへ。酔いそうな景色がスクリーンに広がってる。グニャグニャした蛍光色の渦巻き模様というか、SOS団のサイトにある珍妙ロゴマークもどきというか。ともかく、さすがワープということだけはある。ガキのころ観てたアニメそっくりの描かれ方に感動すらしていると、 「お茶いかがですか」  朝比奈さんが陶製ポットを片手に寄ってきて、にっこりと微笑んだ。  未来では宇宙に飛び出てワープすることなど日常荼飯事なのかと疑うほどの普通ぶりだが、そんなこともないだろうな。部室にいる程度の気軽さでおられる朝比奈さんに、俺は安らぎすら覚えながらありがたくお茶のおかわりをもらうことにした。  さて、この船が行き着く先にはいったい何が待っているのかね。  光線銃の撃ち合いをうずうずして待ちかまえているハルヒ、じっと黙り込んで全身からレーダー波を放っているような長門、すっかりゲームプレイヤー気分の古泉、まるで空気を読めていない朝比奈さん、そして俺、というSOS団クインテットを乗せ、宇宙艇は人類に残された最後のフロンティアを疾走するのだった。一路、海賊の巣を目指して——。  ——で、その一時間後。  まあ、そんな簡単に見も知らぬ海賊の巣とやらに到着するはずはないと思っていたが。  俺は操縦桿をレバガチャしながら、次のような言葉を発していた。 「どうなってんだ? こりゃ」 「見ての通りですね。どうやら捕まってしまったようです」  古泉が肩をすくめ、 「トラクタービームに捕捉されています。身動きができません」  ハルヒ隊長の命令を忠実に実行した我らが乗艦スキズマトリックス号は、寸分の狂いもなく銀河の真ん中にワープアウトしていた。  その瞬間、スクリーンいっぱいに広がったのは満天の星空と、その星空を覆い隠すほどに展開された大艦隊だった。  いったい何隻いるのか見当もつかない。大中小取り混ぜて見渡す限りに先鋭的なフォルムの宇宙艇がずらずら並んでいやかる。  通常空間に復帰していきなりそんなものを見たもんだから当然、俺は驚いた。が、その謎の大艦隊のほうも驚いたらしい。玉突き事故のような接触をする艦が多数発生し、しばらく騒然としていたが、示し合わせたように艦首をこちらに向けると妙な色のビームを発し、その途端、スキズマトリックス号は自由を喪失し、コンソールがピロピロと警告音を鳴らし始めて、まだ鳴ってる。 「うるさいわねえ」  ハルヒはチョコバーのような宇宙食をかじりながら眉をひそめ、 「この変な音、止めてちょうだい。それから向こうの艦隊の責任者を呼び出しなさい。どんな連中なの? こいつら。あんまり海賊って感じはしないけど」  これが海賊だったら大いに困るね。ちゃちなパトロール船一隻対戦闘艦万単位だ。何をどうやったら勝てるというのだろう。朝比奈さんの無茶な魔法は真空でも使えるのか?  電子ミュージックのような警告音が鳴り響く中、今は通信士兼給仕役の朝比奈さんはアタフタと自席の前のタッチパネルを操作して、 「ええと、えと。どうやったらいいんですかぁ?」  ただオロオロとするばかりであった。それもそうか。ここでは魔法使いではなさそうだしな。 「ロックオンされたことを示すアラームですね」と古泉が悠長に、「通信なら向こうから入れてくると思いますよ。僕たちの登場を相当不思議がっている様子が見受けられます」  ガス警報器みたいなアラームを止めたのは長門だった。といっても自分の前のコンソールをさっと一撫でしただけだがこの宇宙艇と相性がいいのか、機械は素直に沈黙する。  ほぼ同時に、前面の大型スクリーンにどっかで見たような気がする爺さんが映った。上半身しか観察できないものの、なんとなく軍服っぽいものを着ているのはすぐに解る。 『抗議する』  その爺さんは見事なしかめ面で、 『もう少しで重大な事故になるところじゃったぞ。ドライブアウトのポイントが我が艦艇と重なりでもしていれば、大質量爆発が起こっていたであろう』  見たことがあるのもうなずける。その爺さんは、森の賢者と名乗った怪しい爺さんに酷似していたのだ。 『広域銀河観察機構が何の用だ。ここいらの宙域にはめぼしい惑星などないはずだが』  うん? なんかこの爺さん、妙にそわそわしてないか? 俺たちを迷惑そうに思っているのはあからさまに感じたが、何か後ろめたそうにしているのがありありだ。  ハルヒが黙って聞いていたのはチョコバーもどきを食っている最中だからだった。そして食い終えてから、 「そっちこそ何者よ。人にものを訊くときはまず自分から名乗りなさい」  ハルヒは口をパカリと開ける独特の笑みを作る。 「こっちが広域なんちゃらのパトロール隊ってのは解ってんのよね? で、そっちは?」 『我々は新本格銀河帝国所属、第三宇宙機動艦隊じゃ。わしは艦隊司令の——』  爺さんの名乗りを最後まで聞かず、 「じゃあこっちの質問の番。こんなとこで何してんの? けっこうな数の船が並んでるけど」  ハルヒの詰問に、爺さんは気圧されたように目を逸らし、 『……軍事演習じゃ。解ったらそうそうに立ち去れい』  俺が思ったのだから、ハルヒにだって伝わっただろう。案の定、 「怪しいわね。戦争ごっこの練習ならもっと堂々としてたらいいのに、なんか態度が変だわ。古泉くん、ここどこ?」  古泉は眺めていた手元の計器から目を上げ、 「第五銀河分離帝国と新本格銀河帝国の国境付近、現在位置は後者側の領域ですね。確かに正規の航路から外れているので演習にはもってこいですが……」  ナレーターをやらしたら天下一品のヤサ男は、 「大規模すぎますね。それにこの艦隊の進路は僕たちの依頼主である第五銀河分離帝国への迂回路にあたります。ついでにコンピュータのデータをさらってみましたが、この時期にこんなところで軍事演習がおこなわれているというスケジュールは確認できません。少なくとも広域銀河観察機構は把握していないようです」 「ははーん」  ハルヒの比類なき直感力が答えを出したようだった。 「戦争の練習じゃなくて、本番をしようとしてんのね。それも宣戦布告もなしに」  スクリーン内の艦隊司令爺さんはバツが悪そうにたじろいだが、 『何を根拠にそのようなことを言うのじゃ。仮にそうだとしても銀河パトロールに内政干渉の権限はないはずじゃろう』 「そうかもしんないけど」とハルヒ。「見ちゃったものはしかたがないじゃない? 相手の国にあんたらが戦争しかけようとしてますよって、うっかり教えちゃうのは自然のことよね。現にあたしは言いたくてたまらないしさ」 『そ、それは困る……いや、侍て、待て』  爺さんは慌てたような身振り手振り。  どうやら俺たちは、隠密侵攻航行している艦隊のど真ん中にワープアウトしちまったようだ。なんだかめんどくさいことになってきた。 「ま、いいわ」  何がいいのか知らないが、ハルヒは猫笑いを浮かべつつ、 「あたしたちが興味あるのは宇宙海賊だけだし、戦争なんてくだらないことやんないほうがいいとは思うけど、見逃してあげる」  老艦隊司令は大げさに胸をなで下ろす。しかし、 「でも条件があるわ」  ハルヒは隊長席から身を乗り出し、 「海賊の根城がどこにあるか教えてくんない? あたしたちが追っているやつ」 『海賊じゃと。ふむ、よろしい。快く情報を提供しようではないか』  爺さんは愛想がいい。よほど俺たちを追っ払えるのが嬉しいようだ。 『海賊と言っても多種多様じゃぞ。どの商船団を襲った奴じゃ? この近隣で最も勢力の大きいのはキャプテンビヨンドの率いるアッパーグラウンドパイレーツじゃが』 「えーとね、なんかの誘拐犯よ。古泉くん、何だっけ」 「正体は不明ですが」  古泉はなぜか面白そうに爺さんを見つめながら、 「第五銀河分陰帝国の王子と姫君をさらった海賊ですよ」 「そう、それ」  ハルヒはビシッとスクリーンに指を突きつけ、 「その海賊よ、どこに行ったら会えるか知らない?」 『う……』  途端に老司令の顔がひきつった。この爺さん、偉い立場にありながら自分の感情を押し隠すことが実にヘタである。 『知らぬな。初耳じゃ』 「うそね」  俺に通用しないものがハルヒに通用するわけもなく、 「知ってますって顔に書いてあるわよ。てゆうかさ、どうしてすっとぼけようとすんの?」  ハルヒの笑顔は無邪気のようでいて、色々な意味を含んでいるのが俺には解る。重ねて言うが、こいつの勘は研いだ日本刀の切っ先よりも鋭いのだ。「ははーん。読めたわ」  ハルヒは自信満々に、また勝ち誇ったように、 「誘拐犯ってあんたたちでしょ。海賊船に擬装した軍艦使ってやったのね。他の国の王子と姫を拉致って何をしようって……、あ。なーる。戦争の大義名分ってやつね。王子様たちを旗印にして第五なんちゃら帝国を攻めちゃおうって腹なんでしょ。あんたんとこに亡命したことにして、親元に反旗を翻したってシナリオね」  挑戦的なハルヒの目が気の毒な爺さんを捕捉して離れない。 「銀河帝国がいっぱいって聞いたときから何となくそうじゃないかって思ったのよ。宇宙海賊なんて漠然としすぎてるものね」 『むむ……』  司令長官は汗をたらーりと流し始めた。図星らしい。 「すごい偶然だわ。たまたま出くわした艦隊がそうだったなんて!」  いかにもラッキーってな顔してるが、これが偶然なんだとしたら確かにすごいとしか言いようがねえな。 「手間が省けたってもんよ」  ぜんぜん不思議がっていないハルヒは、 「そうとなったら話はすぐ終わるわ。さ、早く王子と姫をよこしなさい。あたしたちはそいつらを親元に送らないといけないから」 『それは、できん』  アブラを採取されている最中のガマのようだった艦隊司令の爺さんは、ついに開き直ったのか、 『そこまで読まれていてはしかたがあるまい。お前たちをここで解放することはできん。ましてや王子と姫を引き渡すこともな。我々の作戦行動が終了するまで、大人しくしていてもらおう』  やにわに犯行を告白するや、爺さんはスクリーンからフェードアウトした。  おいおい、口封じにここで撃沈されるんじゃないだろうな。ハルヒもハルヒだ、バカ正直に思ったことをそのまま口に出してどうする。ここは解った上で知らないふりをすべきだったんじゃないか?  と、俺が先行きを大いに不安がっていると、 「おっ?」  がくん、とスキズマトリックス号が動き出した。言っとくが俺は操縦していない。勝手に動いてやがる。なんだ、これ? 「牽引ビームですよ。あの戦艦に引き寄せられています。僕たちを拘束するつもりなんでしよう」  古泉が悠長に解答を出した。その通り、俺たちの乗っている宇宙艇が向かっている先には、巨大で未来的なフォルムの宇宙船があって、艦底部のハッチみたいなものを開きつつあった。 「あれが旗艦ですね」と古泉がフォロー。「戦争が始まるまで、僕たちを閉じこめておくことにしたようです」  そんな解説はいい。どうにかならんのか。 「むしろこれはチャンスかもしれませんよ」  古泉は指で唇を撫でながら、 「僕たちの目的は誘拐された二人の奪回です。その二人はあの艦隊のどこかに監禁されているはずですから、これで自ずと行動をともにすることができます。問題は——」  ふっと古泉は微笑んで長門へ視線を送った。 「王子と姫がどの艦にいるのかということですが、それも何とかなるでしょう。調べたら解ることです」 「…………」  長門は唇を結んだまま、自分の前のコンソールを見つめている。今はこの宇宙艇のレーダー係となっている長門だが、コンソールの計器よりも長門本体のほうがよほど探査に適しているだろう。ファンタジー世界ではシルフの役回り、しかしここは長門の本場というべき宇宙だ。期待してもいいかもしれない。  そしてこいつも、全身から根拠不明の期待を抑えきれないようで、 「あちこち星に立ち寄って情報集めないといけないかなって思ってたけど」  ハルヒはホルスターから光線銃を抜いたり入れたりしながら、 「案外あっさりいったわね。思った通りよ、うん。いい作戦思いついたし」  その作戦とやらが俺にも解っていた。ハルヒは何があってもドンパチをしたいのだ。こいつがそれをするということは、自動的に俺もしないといけないということでもあり……、やれやれ、これでは魔王の城を外から問答無用で吹き飛ばすほうがまだ楽だったかもしれん。  俺はシートに身をもたせかけつつ、迫りくる戦艦の偉容を溜息まじりに見上げた。 「ピノキオになった気分だ」  こうしてスキズマトリックス号は敵艦内に潜入しおおせた。なんていきあたりばったりな成り行きだろう。しかもこれが正答くさいのだからタチか悪い。本当ならもっと宇宙を駆けめぐって伏線を回収しなければならなかったような気がするが、決して気の長いほうではないハルヒらしい途中をごそっと端折《は しょ》った展開だ。まあレベル1でラスボスの前に並ぶよりはマシか。  さてと。だいたい解ると思うが、ハルヒの作戦とはこうであった。 「首尾よく旗艦に潜り込めたわ。もう後は簡単。ここから艦橋までダッシュで行ってさっさと制圧するの。さっきのお爺さんを縛り付けて、王子様とお姫様を解放するように要求すればいいわ。その二人がいなくても戦争はできるだろうし、銃撃戦もできそうだし」  それでうまく行ったら簡単すぎるな。  俺は巨大戦艦の内部にあって軟禁状態にある宇宙艇の窓から外の様子をうかがった。見た感じ、ここは小型宇宙船の発着場のようだ。シャトルとか連結艇みたいなものがずらずらと並んでいる。まるで護衛付きの高級有料駐車場だな。  他の船と違う待遇を受けている点としては、レーザーライフル(多分)を構えた兵士たち(SF超大作映画にでて来るナントカトルーパーに酷似してる)にぐるりと取り囲まれているところだった。 「おい、ハルヒ」  光線銃を握りしめて席を立とうとしているハルヒに、 「このまま出て行ったら蜂の巣だぜ。あの爺さんのところに行くまでに身体中が焦げ跡だらけになりそうだ」 「そんなの、気合いでかわしたらいいじゃない」  繰り返すが、光速で飛んでくるものをひょいと避けられるほど俺は器用じゃない。 「そそそうですよ!」  と朝比奈さんが久しぶりに口をきいた。ふるふると震える声で、 「あっ危ないです。ここでじっとしてお茶を飲んでいたほうが……」 「だぁめ」  ハルヒは朝比奈さんのありがたい意見を一蹴し、 「それじゃあたしが面白くないもの。いい? あたしたちは正義の銀河パトロールなのよ。悪いやつらは薙ぎ倒さないといけないの。誘拐犯の分際であたしたちを監禁するなんて、許せるわけないでしょ」  そう言いつつ妙に楽しげなハルヒだった。表情とセリフの内容が合ってない。ただ大暴れしたいだけだろう。 「それはそれとして、少し待ってください」  いつのまにか長門の横に立っていた古泉が、 「今、長門さんに調べてもらっています。かの王子と姫の居場所をね」  見ると、長門はコンソールのパネルにゆっくりとした動きで指を這わせていた。操作の仕方が俺にはさっぱり解らないが、ガラス板みたいな平面ディスプレイに細かい文字が高速でスクロールしている。やがて、 「いた」  ぽつりと呟き、長門は指を止め、スクロールも止まった。 「何を調べてたの?」とハルヒ。 「乗員名簿です」と古泉。「この艦の中枢コンピュータに侵入するよう長門さんに頼んだんですよ。さすが長門さん、容易にやってのけてくれますね」  感心している割には苦笑い気味で、 「おかげで解りました。ほとんどの乗員は軍籍にあることがね。そして、二人ほど余剰の人員を積んでいることも。ひょっとしたらと思いましたが、まさか僕たちと同じ艦にいるとは」  そこで古泉は振りかえり、俺とハルヒを眺めて、 「王子と姫はこの艦に軟禁されています。王族だからでしょうか、賓客待遇ですね。ちゃんとした部屋で保護されているようです」  またしても偶然か。いや、艦隊司令の爺さんがトンマなだけじゃねえのか? 普通、俺たちを同じ艦に収容しようとは思わんだろ。  俺が呆れていると、長門が何かしたんだろう、スクリーンに戦艦の断面図が表示された。なんとなく懐かしい気分のするワイヤーフレームの、一カ所が明滅している。 「ここが王子と姫のいる船室です」  明滅箇所がもう一つ増えた。 「僕たちの現在地がここ。底部格納庫ですね。ブリッジに行くよりは二人の船室のほうが遥かに近いですが、どうします?」 「そうね……」  ハルヒはしばし考え込み、 「その二人をかっぱらって逃げるのと、船の制圧だとどっちがいいかしら」  難易度ではさほど変わらない気がするね。たまに忘れるようだが、俺にはお前ほどのスペックはないんだぜ。  第一の関門、スキズマトリックス号の周囲に群れてる兵士をなんとか退けたとしてもだ、王子と姫のところまで行ってまた戻ってこなくてはならず、制圧するにしても少数の人員によってそうそうスピーディに降伏してくれそうにないだろうし、どっちもどっちだろう。 「では、第三の道を」  と、古泉が策士めいた笑顔。 「せっかくハッキングできているわけですから、これを有効活用すべきですよ。存分にね」  長門が器用なやつでよかったよ。多少、この艦のネットワークセキュリティに御都合主義を感じないでもないが。ここは遠未来じゃないのか? コンピュータなんて言葉が現役で通用してるこのざまを何と言うべきか。というか、俺たちはいったい何語で喋ってることになってんのかね。考えてもしかたのないことだが。  古泉は悪びれたところのない笑みで、 「この艦隊は他国侵攻を目的にしている奇襲部隊です。おそらく相当気をつかって相手に気づかれないようにしているはずだと思われます。電磁波や通信の遮断とかね。ならば、気づかれてしまえばいい」  古泉の片手が自席の宇宙マップに向けられ、 「幸いここは目的地である第五銀河分離帝国にほど近い。盛大に騒げば、すぐに発見されるでしょう。奇襲に失敗した奇襲艦隊は脆弱です。艦内も混乱するでしょう。その隙を狙えば王子たちの奪取も容易かと」 「じゃ、そうして」  ハルヒは悪徳老中の提案を丸投げする無能将軍のように、 「有希、頼むわね」  長門はゆるくうなずくと、どういうシステムになっているのかさっぱり解らないコンソールを操り始めた。  そしてポツリと、 「全艦、ECM作動」  万単位の艦隊が一斉に妨害電波を、しかもジャミングするものなどなにもないのに喚き散らした効果は絶大だった。  どおん、と鈍い振動音に同調してコクピットの床が揺れる。 「大騒ぎだな」  俺は呟きながら、格納庫の風景を見渡した。  どこかで回っている赤色回転灯が雑多な小型艇置き場を赤く染め、第一種戦闘態勢を警告するワーニングサウンドが鳴り響いていた。  おっと、また揺れた、着弾だな。  現在、俺たちの乗るスキズマトリックス号を腹に抱えたこの旗艦以下の新本格帝国艦隊は、長門によって発せられた電波を聞きつけ、急行してきた第五銀河分離帝国の哨戒艦隊と絶賛交戦中——とのことである。  艦隊の回線に割り込んで情報を浚《さら》ってきた長門が教えてくれた。 「増援を確認。戦況は五分に」  長門は文字情報が滝のように流れるモニターを見ながら淡々と報告し、ハルヒが腕まくりをした。 「よし、チャンス到来ね。混乱に乗じて一気に行くわよ。衛兵もどっかいっちゃったし」  スキズマトリックス号を囲んでいた兵士どもは慌てたようにいずこかに駆け去り、整備員みたいなのが右往左往しているのが格納庫の現況だ。この機を逃せば次はないってくらいのお膳立てである。ゲームクリアまでの正しいルートに乗ることができたのかな? 「王子様たちの部屋までのルート、しっかり覚えときなさいよ」  仁王立ちのハルヒはスクリーンの艦内断面ワイヤーフレームを数秒凝視して、光線銃を片手に握った。 「じゃっ、行きましょ」  できればじっとしておきたかったがそうもいかず、俺たちはそれぞれ光線銃(っていってるがもっと他に言い方はないのか? ブラスターとかさ)を抜き放つと、ハルヒに先導されて宇宙艇のエアロックから格納庫に飛び降りた。 「ぁひゃあ」  朝比奈さんか危なっかしく着地するのを古泉が助けてやる。愛らしいグラマーコス少女な朝比奈さんは跳んだ拍子にブラスター(こっちのほうが格好いいから採用する)を落っことしていて、位置の関係上、それを拾ったのはハルヒだった。 「みんな、銃の射撃モードを麻痺にしときなさい。Pってところに目盛りをあわすの。誘拐犯とは言っても、海賊じゃない人をケガさせちゃったら寝覚めがよくないわ」  なんでこいつは銃の使い方を知ってるんだ? しかもおかげでせっかくのブラスターが台無しだ。パラライズガンと名称変更しないといけなくなっちまった。  ハルヒは朝比奈さんにPガンを手渡し、 「さ、こっちよ!」  全員が命令に従ったのを確認してから走り出した。なびく髪や躍動感溢れる駆け方が、ここが宇宙なのだということを忘れさせる。本当に宇宙戦艦の中なのか? 実は人類は未だ月面未到達ってな感じの大がかりな書き割りセットの中にいるような気もしてきたぜ。まあこの状況だ。どっちでもいいか。とことん突き進むしか手が残されていない。なにより、ハルヒがその気だ。  格納庫から艦内に入るでかいドアをめがけて殺到する俺たち五人、まだ残っていた衛兵がレーザーライフルを向けてくるのを見たハルヒは問答無用でPガンを速射、麻痺光線に撃たれた衛兵悶絶、その身体を踏み越えて我々は走るのだった。一路、囚われの王子と姫の元へと——。  着いた。  ハルヒというよりは長門の記憶力と方向センスのおかげをもって、俺たちは入り組んだ艦内を一直線に走り抜け、階段を上ったりエレベータに乗ったり、角を一つ曲がるたびにその都度兵士と銃撃戦を繰り広げ、全員を打ち倒し、やって来たのはこの戦艦のどこら辺にあるのか俺には解らないが、とにかく一つの船室の前である。 「下がってなさい!」  ハルヒはそう一声かけると、光線銃を熱線モードにしてメタリックな扉に向けて発砲、なます切りにされて崩れ落ちる扉の向こうに、二つの人影が立ちつくしていた。  こんなシチュエーションだ、驚きの表情を作っているのも無理はないが、どこか人間っぽさに欠ける男女二人組は唖然として俺たちを眺めている。  ハルヒはずかずか踏み込むと、 「あんたたちが銀河ナントカ帝国の王子と姫さん? 安心して、いま助け出してあげるから」  王子ならびに姫という話だが別に王侯貴族な印象は受けなかった。どっかそこらにいる兄ちゃんと姉さんにしか見えない。着ている服も未来的ではあるが普段着じみてるしな。  おまけにポカンとしているせいで、顔にしまりも威厳もなく、本当にこの二人でいいのかと思うくらいだ。  てなことを俺が思っているのもほったらかしで、ハルヒは二人の腕をむんずとつかむと、 「退散よ。撤収! このままスキズマトリックス号に戻ってハッチをぶち抜いて帰りましょ。もう用はないわ」  有無を言わせぬいつもの迫力でハルヒは二人を引きずるように通路に飛び出す。もちろん俺たちも後を追う。追わざるをえんだろ。  いくら艦内が戦闘配置になっているからと言って全員に持ち場があるわけでもないようで、雑魚キャラみたいなトルーパーが時折顔を出してきては長門の精密射撃をくらい、痺れて転がることになった。  元来た道を走ることしばし、首尾よくパトロール艇に戻った俺たちだが、その間朝比奈さんが単なる付き添いでしかなかったことは言うまでもない。もともと実戦にまるで向いていない彼女にこんな役を割り振るほうが間違っているな。せめて船医ならよかったのに。 「キョン、発進して」  艇内に戻ったハルヒは王子と姫を隊長席の横に立たせたままで、自分だけはちゃっかり席に着き、 「全砲門開け、目標、真ん前の壁!」 「了解しました」  副操縦士から砲撃手に配置転換した古泉が手際よく照準を合わせ、ハルヒの、 「ファイア!」  という掛け声と同時にトリガーした。  荷電粒子砲やら光子魚雷っぽい何かがスキズマトリックス号の先端から発せられ、派手な火花を散らして戦艦の外壁を吹っ飛ばす。盛大に空気が漏れていくその先、大きく空いた裂け目の向こうに広がるは深遠なる宇宙。瞬いている光は星ではなく、彼方にある宇宙船が爆発四散するさまを表している。映画でしか観たことのない光景だが、操縦席にいる俺はゆっくり観賞するわけにもいかず、ほうけてはいられない。ハルヒの指示通りにスキズマトリックス号を操って、一目散に艦隊旗艦から離脱する。  乱雑な陣形を組む宇宙艦の合間を小魚のようにすり抜けて飛翔するスキズマトリックス号。二つの勢力が遠慮なく色つきビームをバンバン撃ち合っているので冷や汗ものだ。なんだか全然リアリティがない。俺は勘と脊髄反射のみで操縦桿を操作し、でたらめな宙域へと船を飛ばした。 「みくるちゃん、通信開いて。こっちの味方のほうに」  ハルヒが隊長らしく飛ばした指示に、朝比奈さんがおぼつかなくも応じた。俺がなぜか宇宙船を操縦できているように、彼女も通信のやり方が解っているらしく、不思議なこともあるもんだったが、逆にまったく不思議ではない気もする。なんでもありだ、ここは。 『聞こえるか、広域銀河観察機構パトロール部隊所属のハルヒチーム』  聞き覚えがあったような渋いおっさんの声がスピーカーから響いた。ダイヤのキングみたいな王様の姿が思い描かれるね。 『こちらは第五銀河分離帝国、余がその皇帝である』 「お子さん二人、救い出してきたわ」  ハルヒが得意そうに、 「これでいいんでしょ?」 『感謝する。報酬は望みのままにしよう。しかし今は戦闘中ということもあり、余は指揮にいそがしい。安全な場所に避難しておいてもらいたい。のちほど、王子と姫を迎えに行かせる』  ぶつりと通信が途絶した。やけにあっさりしてるな。泣いて感謝しろとは言わんが。 「これで終わったんだよな」  俺は古泉に、いやこいつに言ってもしょうがないから言葉の途中から長門のほうを向いて言った。 「…………」  レーダー要員席に着いていた長門は、不意に立ち上がると隊長席横に立たされている王子と姫のほうへ歩いていく。なんだ? 王子と姫の二人は無反応。  長門は例の深層海洋水みたいな静かな瞳で男女ペアを見ていたが、そっと手を伸ばして指先をまず王子の、次に姫の身体に触れさせた。 「あ?」と俺の口が言う。  長門が触るや否や、二人が膝を折ってガシャンと横倒しになったのである。 「ロボット」  長門はポツリと呟いて、関節のパーツがイカれたプラモみたいに倒れている二人を見下ろした。 「これはこれは」  古泉が微苦笑を浮かべて肩をすくめた。 「偽物をつかまされたようですね。このような場合、つまり誰かに奪還されることを想定して影武者を用意していたのか、もしくは最初から本物などおらずコピーロボットだったのか……。どうやらしくじりました。僕たちが収容された艦にこの二人がいたことをまず疑うべきでしたね。思えば、あまりにも不必要に不用心すぎましたから」 「じゃあ、本物はどこ?」  ハルヒの問いを受け、古泉はスクリーンに目を向けた。 「二人があの侵攻艦隊に連れさられたのだとして、そして旗艦に乗っていなかったのだとしたら、普通に考えて別の艦にいたのでしょう。それがどれかは解りませんが」  カラフルビームで入り乱れる星空に、また一つ爆炎の花が咲いた。宇宙艦隊戦は秒刻みで激しさを増し、双方ともに多大なる損害を与えている様子。マズいな。  為すすべもなく見守るしかない俺たちの目の前で、一つまた一つと戦艦が撃沈していく。 「で?」  俺は暗い声で誰に言うでもなく、 「もしかして、俺たちの雇い主サイドの戦艦は自分とこの王子と姫が乗ってるかもしれないのに、それを知らずに敵艦を攻撃してるってことになるのか」 「そのようです」  古泉は律儀にうなずき返し、 「奪い返した二人が偽物だったことを教えて差し上げたほうかいいでしょうね」 「だったら急いでそうしろよ。手遅れになったらどうするんだ」 「いえ、これは感覚的な問題ですが、すでに手遅れになっているような気がするのですよ」  俺もだ。  きっと全員が理解しているだろう。  なぜなら——。  目の前の風景が解け崩れ始めていた。ワイド画面のスクリーンがぼやけたように消えていき、黒い紙に小さい穴を空けまくって陽にかざしていたような宇宙が、まさに書き割りでしたと言わんばかりに倒れていくんだからなぁ。  なんだこれは、とツッコミの言葉も出せず、俺の耳は長門のセリフを聞いた。 「ミッションインコンプリート」  どういうことかと問うまでもなかった。これ聞くのも二度目だしさ。 「あー……」  またしても、だ。  俺たちは失敗したらしい。王子と姫の本物が乗っていた船は味方に撃沈され、二人は哀れ大宇宙の一部となってしまったようだ。頼む、成仏してくれ。 「ペナルティ」  長門の追加のセリフに、俺は溜息をついた。  風景が劇的に変化していくのを見るのも二回目だと感動もない。広がっていた暗い夜空が徐々に明るくなっていく。意味もなくパノラマという単語が思い浮かんだ。 「…………」と俺と長門と古泉と朝比奈さん。  最初はファンタジー世界、次はスペースオペラ、そして三度目は——。  乾燥した風が俺の頬を打ち、砂煙がブーツを履いた足にまとわりつく。ブーツ? にしか見えんな。しかも俺の足裏は無骨な大地の感覚を脳に伝えてきた。  顔を上げると、そこにあったのは懐かしいほどに前時代的な建物および透き通った青い空だった。 「…………」  総員、無言。  テンガロンハットを被り、えー、なんと描写すりゃいいんだ? とにかくウエスタンな格好した俺ほか四名が未舗装の馬車道に突っ立っている。 「やれやれ」  というしかないね。  ホルスターに入ってんのは光線銃からシングルアクションのリボルバーへとチェンジしており、俺と古泉はレトロなシャツにサスペンダーパンツ、胸にはシェリフバッヂがくっついている。ハルヒと朝比奈さんもまた然りで、長門に至ってはどう見ても流れ者のガンマンだった。  というからには、これは……。 「さあ、みんな」  ハルヒがにこやかに宣言した。 「行くわよ、賞金首の悪党どもに誘拐された牧場の息子と娘さんを助け出しにね。あたしたちは荒くれたお尋ね者に立ち向かう勇敢な保安官とその助っ人なんだから」  そういうことになってしまったらしい。  こうして俺たちの西部劇——まさに劇だな——が始まりを告げた。  誰に訊けばいいのか解らんが言わせてくれ。 「いつまで続くんだ? これ」 「課せられた任務が完了するまででしょう」と古泉は珍しそうにピースメーカーみたいな旧式銃を弄びながら、「それとも僕たちをこのような場に誘っている何者かが飽きたとき、ですね」  拳銃をくるりと回してホルスターに納め、古泉は長門へと目線を送って微笑んだ。 「いつまでもこのままではないと思います。今はせいぜいロールプレイを楽しむことにしようではありませんか。滅多にない経験ですよ」  はわわ、と口と目をいっぱいに開いている朝比奈さんの腕を取り、ハルヒは目一杯の笑顔で俺たちを振り仰いだ。 「まず馬を調達しなきゃね。荒野を徒歩で歩くなんてサマになんないしさ。とりあえず酒場を探して——」  十九世紀の北アメリカみたいな舞台、どこまでもセットじみた町のメインストリートをSOS団が行く。  果てしのない荒野を目指して——。 [#地付き]to be continued... [#改ページ] ------------------------------------------- 底本で気になった部分 ------------------------------------------- 僕たちに助けを求めてたきた方は、 ———「求めてきた」の誤記と思われ。訂正済み。 「ロックオンされたこと示すアラームですね」 ———されたことを、ではないか。脱字。訂正済み。 底本:「ザ・スニーカー 2006年6月号」 角川書店    2006(平成18)年04月28日発行 入力:TJMO 校正:TJMO 2006年10月08日作成